【2026年2月衆院選】中道大敗の理由

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2026年2月8日の衆議院議員選挙で、自民党は3全体の3分の2を超える議席を確保する大勝となったのです。
しかし一方で、選挙に向けて結成された中道改革連合は議席数を大きく減らして大敗という結果になってしまったのです。
中道改革連合が大敗した原因とは何か、解説します。

中道改革連合の大敗の原因は?

2026年1月19日、高市総理は23日に衆議院を解散することを正式に表明し、60年ぶりの通常国会冒頭での解散となったのです。

解散から投票日まで16日という戦後最短の日程で選挙が行われたのですが、解散に先んじて1月16日に中道改革連合の設立届けが出されました。

中道改革連合は公明党と立憲民主党に所属していた衆議院議員だけで結党された政党で、解散総選挙での協力体制を築くために結党されたとみられています。

1月22日時点で所属していたのは立憲民主党から144人、公明党から21人の合計165人で、選挙では小選挙区202人、比例代表34人の合計236人が立候補したのです。

しかし、選挙結果は選挙前の167議席を大きく下回る49議席となり、特に小選挙区は7名の当選に留まりました。

内訳として、公明党出身の議員は28人全員が当選したのですが、立憲民主党出身の議員は21人、割合にして15%しか当選できなかったのです。

選挙の結果、落選となった安住共同幹事長は辞任の意向を示し、共同代表の野田氏と斉藤氏も辞任を表明しており、2月13日には代表選挙が行われます。

しかし、衆議院議員選挙に向けて結党された中道改革連合はなぜ大敗を喫することとなったのでしょうか?

原因として考えられる点はいくつかあり、まずは野党第一党としてのアイデンティティを失ったと判断されたという点があります。

立憲民主党は保守派となる自民党に対抗するべき改革派であるはずですが、中道改革連合という名前の通り真ん中へと移動することになったのです。

結果として、脱原発や安保法制の廃止などを訴えていた改革派の支持層が離脱してしまうこととなりました。

また、近年では無党派層や現役世代が保守化しているため、今回の新党結成を野合と考えて強く反発したのです。

中道が結成されたことで国民民主党が100以上の選挙区で候補を擁立しており、現役世代の手取りを増やすという政策を掲げました。

中道改革連合では無党派票の獲得を目論んでいたのですが、国民民主党によって無党派票を奪われ野党第一党の座も替わることとなってしまったのです。

高市総理は大博打に完勝して、誰も逆らうことができない女王のような政権が誕生します。

街頭演説で語る言葉には力強さがあり、食料品の消費税減税という政策だけではなくスパイ防止法の制定や国防力の強化なども押し進めていくこととなるでしょう。

今回の選挙の大敗が招く事態

高市総理によって唐突に行われた解散総選挙は、ふたを開けてみれば自民党の大勝という結果に終わり自民党が民意を得ることとなりました。

自民党は316議席を獲得し、比例代表に至っては名簿の人数以上の当選が可能な得票数となったため、14議席を他党に譲るというハプニングもありました。

一方、中道改革連合は公明党側が小選挙区で21人、比例代表では7人が当選して28人全員が当選したのです。

しかし、立憲民主党側から参加した議員は小選挙区で21人当選したものの、比例代表では誰も当選できずに終わりました。

そもそも立憲民主党が公明党との協力を申し出たのは野党としてまとまること以上に、公明党を支える創価学会という組織があったからです。

創価学会の会員の多くは公明党に投票し、周囲の人にも投票することを要請するためかなりの得票につながります。

289ある小選挙区で、平均1~2万票にもなる基礎票があり、実質1選挙区あたり2~4万票を逆転できる破壊力があるといわれているのです。

高市氏が自民党総裁となったことで自公連立が解消された時点で、公明党は衆議院から撤退するという案も浮上していました。

しかし、最終的に選ばれたのが立憲民主党と合流して新たな政党を結党するという選択肢です。

禁断の選択とまでいわれたのですが、実際に選挙を終えてみると創価学会による票田は元公明党の議員の当選に費やされてしまいました。

比例代表でも元公明党の議員を名簿の上位においていたため、元立憲民主党の議員までは当選させるには票数が不足してしまい元公明党議員7名だけが当選となったのです。

中道改革連合ほどではないにせよ他の野党も軒並み獲得議席数が減少したため、野党が総崩れとなり自民党の一強となりました。

公明党と立憲民主党で協力するという奇策の仕掛人となったのは、立憲民主党の野田佳彦氏と公明党の斎藤鉄夫氏です。

1990年代の新進党時代から二人は交流があり、今まで水面下で折衝を重ねてきたのですが、1月9日に読売新聞が冒頭解散という特報を出したことがきっかけとなりました。

衆議院議員に絞って結党するというのはあからさまに解散総選挙を意識したものでしたが、国民には受け入れられなかったようです。

政策の転換は今までの支持者すらも失うこととなり、中道改革連合の結成は失敗といわざるを得ない結果となりました。

共同代表が今回の選挙の大敗を受けて辞任を表明しており、これから代表選が行われることが発表されているのです。

結果次第で、さらなる支持者離れや離党者の続出となる可能性もあれば、立て直すきっかけとなる可能性もあります。

自民党も、選挙で大勝したからといって未来は順調に進むようになるとは限らず、すでに市場では高市氏の積極財政や円安容認とみられる姿勢を警戒しているのです。

選挙を終えて、誰も止めることができなくなった自民党政権が暴走するようなことがあれば、日本全体が混乱に巻き込まれてしまいます。

まとめ

衆議院の解散総選挙が行われたことで、高市総理の率いる自民党が316議席を確保して大勝した一方で、新たに結党された中道改革連合は大敗となったのです。
立憲民主党と公明党の連合通して結党されたのですが、獲得した議席数は約3分の1となる49議席に留まり、野党第一党は立憲民主党から国民民主党に代わってしまいました。
政策の転換え支持者を失ったことが敗因といわれていますが、今後代表が替わってどう変化するでしょうか。